歴史

2016年(平成28年) 
代表取締役社長に藤本真由が就任

代表取締役会長に藤本真一郎が就任

2011年2月25日(平成23年) 島根スサノオマジックとスポンサー契約
 
島根スサノオマジックを運営されている山陰スポーツネットワークの赤池社長と。

まさよし専務は小中とバスケをしており、実は大変バスケ好きなんです。NBAで最初に好きになったチームはシャックとペニー率いる「オーランド・マジック」。(周辺はシカゴ・ブルズのファンが多かったように思います。)

チームカラーがブルーというのも共通項。
島根スサノオマジックには是非とも島根をバスケで盛り上げて頂きたいです!

2010年10月16日(平成22年)
藤本真由

ごはんソムリエの資格を取得しました。

2008年4月(平成20年)
藤本真由 有限会社藤本米穀店に入社
専務取締役に就任
仁多米コシヒカリ「まき」のきっかけの場所

右のタイムズスクエアーの取材をさせてもらった、
田喰さんの家です。

おばあちゃんも元気です。
いろいろごちそうになりありがとうございました。

仁多米こしひかり『まき』もここを訪ね歩いたことから始まりました。
中村成子先生は、仁多米をいたくお気に入りになられ、
今では年の半分近くを仁多・上阿井の一味同心塾におられるそうです。

『あいのはで干し米』の生産者の三原さんとも親しいそうです。
(藤本真一郎)

仁多米こしひかり『まき』が料理研究科の中村成子先生のお気に入りとなりました
  
中村成子先生が仁多米こしひかり『まき』を紹介された本


1996年クロワッサン10月号


1997 年 10 月 26 日 読売新聞
中村先生から新聞に出るからとご連絡をいただきました
(藤本真一郎)

仁多米こしひかり『にたひかり』早刈り米の販売開始

これより5年前に、仁多有機栽培米研究会の一人のメンバーが、8月末に刈り取ったというこしひかりの玄米を持ってきてくれました。
見ると米粒の半分位がまだ青い。
しかし、その青さは透きとおっていてとてもきれいで、粒の大きさも通常の大きさまでなっていました。

味度メーターで測ってみると、なんと92点。
いままでこんな高い数値なんて出たことはありません。
食べてみると、甘味が強く、とってもおいしいのです。

それから今のお米の収穫時期に疑問を持つようになりました。
もしかして、今のお米の刈り取り時期は味の良し悪しよりも、収量の多さ・刈り易さ・保存性の良さが一番ではないだろうかと・・・。
その後、天候不順で期を逸して収穫できない年もあったが、17年産はすばらしい早刈り米が出来ました。

しかし、これを平場(低地)でも試みましたが、ダメでした。
未熟粒が多く、青米も死青で、ガックシでした。
どうも、標高が高く、夏の一日の寒暖の差が大きく、一等比率の高いところでなけねば出来ないようです。
(藤本真一郎)

無洗米(BG米)の販売を始めたときの新聞記事です
    
とぎ汁を出さないBG無洗米が開発され、お米のとぎ汁が生活排水において多大なる環境破壊を起こしていることを初めて知りました。
我が松江は水の都と言われる国際文化観光都市です。
目の前に、汚れの進む宍道湖と中海をつなぐ大橋川沿いを立地とする当社としても、無洗米をきっかけに、米屋として職業を通して環境破壊に対してなんとかしたいと思い立ち、米のとぎ汁や生活排水、宍道湖の水質などいろいろ勉強しました。
そしてBG無洗米を取り扱いたい旨をBG精米を開発されたトーヨー精米機の雑賀社長にお話したところ、ご理解とご協力を頂き販売にこぎつけました。
(藤本真一郎)
1993年(平成5年) 百年に一度といわれる大凶作 そして平成の米騒動が・・
      
お米の緊急輸入により、見たこともない外国産米を使わざるを得ない状況になりました。
業務用のお取引先様に外国産米の説明に1軒1軒回っていたら1ヶ月はかかり、これは大変なことになると思い、ホテルの大会議室を借りて説明会と試食会を行い、200名のお得意様がお見えになりました。
おかげさまで、業務用のお取引様には、緊急輸入米について、

なんとかご理解をいただき、混乱が起きなかった事は幸いでした。

(藤本真一郎)

1992年(平成3年) 

代表取締役 藤本真一郎 就任

1989年(平成元年)4月1日 有限会社藤本米穀店 設立
代表取締役 藤本淳一 就任

専務 藤本真一郎 就任

産地限定仁多米コシヒカリ『まき』を発売
 
仁多の中でも特においしい産地である馬木地域に限定した
仁多米こしひかり『まき』を発売しました
1988年(昭和63年) 生産者限定仁多米コシヒカリ「にたひかり」発売
 
食管法によって流通が制限されている中、
生産者、米卸会社、藤本米穀店の3者による取り組みで、
仁多米の中でもさらにこだわったブランド化を始めました。
1985年(昭和60年) 新聞記事「宮内庁献上米を搗精」
 
1983年(昭和58年) 第7回優良経営食料品小売店全国コンクール 宅配小売業部門 賞状
 
1978年9月8日(昭和53) 山陰中央新報「ふるさと山陰の老舗」
 
1937年(昭和12年)発行の『島根県米穀検査實施 三十周年記念誌』
  
昭和12年(1937)から30年さかのぼる訳だから、
明治40年(1907)に検査実施されたことになります。
これをみると、明治大正昭和の島根のお米のことがよく解ります。
(藤本真一郎)
1927年(昭和2年)の感謝状
1915年(大正4年) 全国俵米品評会で参等賞を受賞
 

全国俵米品評会 三等賞を受賞
受賞者は米屋一代目 藤本虎之助。
米品種は亀治。

昭和6年に東本町大火で米も全て消失したにもかかわらず、
なぜか残っていたものの一つです。

当時、島根のお米は全国的に評価は低かったのですが、
虎之助さんの人柄か、良いお米が集まったのでしょう。

これは当社の宝物です。
(藤本真一郎)

1893年(明治26年)4月1日 藤本米穀店創業(創業者:藤本虎之助)

平成17年のある日、
『これがあなたのところが商売を始めたときの届け出ですよ』と、
近所の安達さんが持ってきてくれました。

これでやっと確実な創業年月日が110数年ぶりにはっきりと分かりました。
当時の土地共有者の代表者は安達さんだったようです。

昭和の初めまではここは新材木町という名前でした。

それまでは宍道湖・中海で獲れたうなぎを関西方面に移出することを業としていましたが、「生き物を殺生しての商売はしたくない」、とお米の移出をすることにしたそうです。

明治26年4月1日、藤本虎之助、米の商いを創めました。

(藤本真一郎)

 

 

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こだわり米の専門店!
明治26年創業 藤本米穀店

ごはんソムリエが厳選したお米を販売しています。仁多米をはじめ、地元・島根のこだわり米を中心に全国発送しています。

代表的なブランド:
〇仁多米「まき」「大峠源流米」「あいのはで干し米」「櫛名田姫米」「にたひかり」
〇雲南米「うやま米」「プレミアムつや姫たたら焔米」「佐々木さん蓮華栽培米」「吉掛米」
〇飯南米「とんばら門米」「アイガモ米」
〇安来米「比田米」、隠岐米「隠岐藻塩米」「里山米」
〇石見米「注連川の糧」「美都ひかり」
〇松江米「ながえ米」「よっちゃん米」
〇宮城米「ササニシキ」